2004年3月第4週

待望の雨が降りました。

春だというのに無人の畑。巻き上がる砂塵・・・。そんな荒涼とした風景が雨のおかげで一転しました。田畑には早朝から耕運機が入り、肥料を撒く者、畝を立てる者、種を蒔く者と活気づきます。まるで大地が息を吹き返したよう。こちらの気分も高揚してきて、おちおち春眠などにはひたっていられません。

それを待っていたかのように、ツクシがつんつん顔を出します。ヨモギも青葉を地面に広げ、野ブキが芽を出し、野蒜やニンニクも一気に背丈を伸ばしました。山の中ではキブシの花が垂れ下がり、コブシが満開。早いところでは、今週あたり桜が咲くそうです。今年は春が駆け足なんですね。

春は粉と油があれば生きてゆける。そういったのは益子に来た当時、唯一の友達だった若手の陶芸家。たいていの野草や木の芽はてんぷらにすると食べられるという意味合いですが、かれらもわたしも貧しかったので、せっせと摘んできては食べたものです。まだ小さかった子供たちも、すぐに食べられるもの、そうでないものを見分けられるようになりました。

ハコベはおひたしにするとホウレン草の味がする。野蒜のおひたしはニラよりもやわらかくて美味。ただし掃除がたいへんなので、子供たちが山のように摘んでくる野蒜には正直いって涙が出そうになりました。タンポポは花をつける前ならサラダ、花が咲いたら、花も葉もいっしょにかき揚げ。ツクシはてんぷらにするとエノキダケのようですが、やっぱりきんぴらがいちばんかな。でも、苦みがあるので子供には不評でしたが、スギナの新芽とちりめんじゃこを油炒めしてご飯に混ぜたスギナご飯は好評でした。これに甘辛くしたツクシをのせたら山里の親子丼。

中でもごちそうだったのがアザミの芽。これはサラダにしてもおひたしにしても絶品ですが、いかんせん量が限られてしまいます。たいていてんぷらになるのですが、これは親子で取り合いになり、タラの芽などより人気がありました。当時はタラの芽とまちがえて、ヌルデやウルシまで食べていたんですけどね。それでもみんな元気、元気。野生のオカヒジキと勘違いして、コスモスの芽を茹でたときには青臭く、食べられた代物ではなかったのですが・・・。

もちろん今でも毎年、コスモス以外は食卓に上っています。季節が巡って野草を摘むごとに、ひとつずつ年を重ねてきたような・・・。そして、そこから元気をもらっているんだなあ、としみじみ思ったりするわけです。春の息吹は食欲を呼びさまし、春の感傷もまた食に由来する。人生とは食うことだ、と達観するのもそんなときで、日々の食事は豪華でなくても豊かでありたいと思うのです。食べることに命懸け、なんていったら笑われるかもしれませんが、もともとはみんな食べるために働いていたんでしょ。それがいつの間にか、家のローンや教育費といったものにすり替わってしまい、生命維持という第一目標がおざなりにされてしまった。

これは水汲みの重労働から解放されたとたん、水が粗末に扱われるようになったのと同じパターン。蛇口さえひねればいくらでも出てくるのですから、あたかもそれが無尽蔵にあるかのように錯覚してしまうんですね。スーパーに山積みになった食料品は、お金さえあればいくらでも手に入る。のみならず世界中の料理がこの国では味わえるし、次々と目新しいものが出てきます。それは魅惑的で、わたしたちを夢見心地にするのですが、そういう食事って、ちょっときわどい譬えですけど、生殖を目的としないセックスみたいだと思いません?

野草摘みは、快楽と刺激に満ちた饗宴からふとわれに帰るとき。そして、いつかは訪れるであろう枯渇に思いを馳せるときでもあるのでした。

今週の野菜とレシピ

汗ばむような日があるかと思えば、冬に逆戻りしたような日もあって、なかなか身体がついてゆけないのも春の特徴。さきほど降り出した雨が、白いものに変わって積もりはじめました。春の雪はすぐに解けてしまいますが、こんな日は食卓も冬に逆戻り。鍋ものや煮っころがしが恋しくなります。

最後の里芋。春先の里芋料理はどうしたものかと思っていたら、寒さがぶり返し、従来通りの煮物になりそう。里芋は意外に牛肉と相性がいいので、肉はダメというのでなければお試しください。わたしも山形の芋煮で牛肉が使われると聞いたときは“?”と思ったのですが、やってみたら納得。以来、この取り合わせが定番となりました。BSE騒ぎで世間が牛肉離れ、なんて聞くと無性にそれが食べたくなるという事情もあったのかもしれませんが・・・。

里芋1キロに対して牛肉は200グラム前後。里芋は皮をむいて塩で揉んでおきます。厚手の鍋に油を敷いて肉を炒め、砂糖と醤油をからめてから里芋を入れ、ひたひたまで水を入れて煮てください。酒少々と、味をみて足りないようなら醤油も足して・・・。お好みで仕上がりに一味トウガラシをふってください。

エシャロットとありますが、これはラッキョウのこと。エシャロットとラッキョウは別物ですが、日本では軟白したラッキョウが売られていることが多いので・・・。これは生のまま味噌をつけて食べる。きざんで薬味にする。葉っぱもいっしょにかき揚げにする、とさまざまですが、とくにかき揚げは甘みがあるので子供にも受けます。

かき揚げといえば春菊とサクラエビ、ミツバと椎茸なんかもいいですね。ミツバはサラダにしても美味。マダコをスライスした上にミツバを散らし、煙が立つぐらいあつあつにした胡麻油をじゅっとまわしかけ、醤油をかける。サラダとはいえ、ご飯のおかずになりますよ。春菊と魚介類を同様にしてもおいしいですよ。

そろそろ学校は春休み。お昼ご飯や小腹のすいたときには、春菊のお好み焼きがおすすめ。キャベツの代わりに春菊を使うだけで色も香りも春めきます。春菊がきらいという人も、黙っていたら食べてしまう。食べてから、この青いのはなに?

からし菜はお湯をかけ、特有の辛みを引き出してから小口切りにして塩を降ります。しんなりしたら絞って、しらすぼし、煎り胡麻といっしょにご飯に混ぜると、辛みがツンと鼻にぬける菜飯になります。小さなお子さんのいるご家庭では、一夜漬けにしてくださいね。

Bセットの方にはフキノトウが入ります。このあたりではもうフキの葉が出てきましたが、これは岩手県安比高原産。雪解けを待って採ったものです。きざんで味噌汁の青みにして香りを楽しむか、てんぷらで・・・。油炒めして味噌で和えてもおいしいですよ。春、冬眠から覚めたクマが最初に食べるのがこれなんだそうです。