2004年4月第3週

桜散る、といったらひと昔前、受験の不合格を知らせる電報文でした。どうしてそんなことを思い出したかというと、イラクで人質になった3人の若者に日本中の目が向けられているからで、この国の政府がそれにどう対応するか。“誠意”の質が問われているからです。

その昔、人ひとりの生命は地球より重い、という自民党の広告がありましたけど、あのウソくさいキャッチフレーズをほんもののメッセージに変える絶好の機会でもあるのです。でも、自衛隊は撤去しない。じゃあ、小泉さん、福田さんあたりが身代わりになりましょう、と旅立ってくれなくちゃ・・・。キミたちの子供でもいいんだけどね。それぐらいやらないと、次の選挙は勝てません。

桜は散るのか、花開くのか。ソメイヨシノが散ってしまうと、山桜が満開になります。この通信がみなさんのお手元に届くころにはイラクからの電報も届いているはず。3人が山桜となって無事、帰国することができますように・・・。

ニュースといえば子供の虐待も、このごろやたらと目につきます。昔からあったものが顕在化しただけ、という意見もありますが、ちょっと質がちがうような気がします。わたしも小さいころ、よく母親からお尻を叩かれましたし、もう少し大きくなってからは、夕食に遅れたという理由で父親のビンタを食らったこともある。男の子なんか、学校で先生に殴られることもありましたしね。

それがいつのころからか、親も教師も手を上げなくなった。といいますか、育て方が二極化したんですね。殴らない親は公共の場で子供が人に迷惑をかけていても知らんふりだし、殴る親は理由があってもなくても殴りまくる。わたし自身はどうかというと、お尻を叩かれるのは子供とはいえ、自尊心が傷つくのを知っているのでやらなかったけど、ムカッとしたときは頭をコツンとやってましたね。思わず手が出てしまうのですが、それにあれこれ理由をつけて躾だとか、あなたのためだとかいうのってものすごくイヤでしょう。だからゴメン、ついカッとして・・・と、冷静になってから謝りましたけど、許してくれたかどうかはわかりません。

でも、最近頻発しているのはそういうのとはちょっと異質。その昔、ものすごく衝撃的な映像を見たことがあって、それはアザラシだかセイウチの生態なのですが、なぜか子供の虐待というニュースを耳にするたびに思い出されるのです。アザラシ類、セイウチもトドもハーレムを作りますから、繁殖期の前にオスたちが壮絶な闘いを繰り広げるのはご存じのとおり。でも、その凄惨な事件は子育てのはじまったハーレムで起こるのです。闘いに敗れたオスたちは集団となり、ハーレムとは距離をおくのですが、最近ではそのオスたちが再びハーレムに殴り込みをかけるようになったとか。深手を負って波打ち際に身を横たえる元ハーレムの主。その背後には累々と横たわる子供とその母親たち。巨大なオス同士の闘いに巻き込まれ、傷ついたり、圧死したり・・・。声を上げて泣きたくなるような光景でした。

20年ちかくも前のことです。なにがかれらたちを狂気に走らせるのか。映像は同時に、カナダの製紙工場から出る廃液で奇形になるアザラシ類が多いこと、北極海のアザラシや白熊の身体から高濃度のPCBが検出されていることなどを検証します。当時はまだ環境ホルモンなどという言葉は聞かれませんでしたが、これはもうすぐ人間界でも起こることだ、と震えながら思ったものです。

以来、状況は悪化することはあっても、けっして好転してはいないはず。にもかかわらず、アザラシのその後のレポートに出会うことがありません。怖いものにフタ?それとも自分たちの足元があやしくなって、それどころではなくなったのか。ヒゲアザラシのタマちゃんみたいに、ドロップアウトした個体がスターになることはあっても、遠い世界のことからは目をそむけてきたんですね。それが無関係ではいられなくなってきた。今、子供たちに起こっているのは、そういうことではないのでしょうか。アザラシ類ほど顕著でなくても、野生動物が育児を放棄する例もあるようです。よくもわるくも世界はひとつ。連動しているんですね。子供がないがしろにされるということは、未来が否定されることにほかなりません。地球という船はいったいどこへ行こうとしているのか。その舵取をする人類が、私利私欲から解き放たれないかぎりお先真っ暗。暮らしがどんなに豊かになっても、それが発作的な暴力で崩壊してしまうんなら、まだ貧しさのほうが救われますものね。

豊かになれば捨て子がなくなり、子供が働かされることもなく、少女の身売りもなくなるはずでしたが、かつては泣く泣く売られていった少女たちが、今やあっけらかんと援助交際。子供は塾通いにいそがしく、かれらの自由時間たるや、産業革命当時、労働に駆り出されていたイギリスの子供たちより短いというレポートがあるぐらい。陰湿なイジメがない分、機械油にまみれていたほうが幸福だったかもしれません。そして豊かになるはずだった食卓も、逆に貧しくなる一方で、肥満という名の栄養失調が増え、摂食障害も社会問題になりつつあります。

物質的な豊かさは精神的なそれに反比例するのでしょうか。それはわたしたちの繁栄が、自然界の動植物を次々と絶滅に追いやりながら築かれたものだから?──衣食足りて礼節を知る。この言葉を思い出すたび、そのつつましさに胸を打たれます。何事も過ぎたるは及ばざるが如し、なんですね。

今週の野菜とレシピ

今週は山東菜あぶら菜春菊と葉ものが豊富。大根の葉もさっと湯がいてからきざんだものを、ちりめんじゃこといっしょに油炒め。煎り胡麻もたっぷり入れて菜飯にするとおいしいですよ。

クセのない山東菜はさっと湯がいて、細切りにした油揚げといっしょに芥子醤油和え。塩もみして漬物感覚で食べても美味でした。

春になると、わが家ではニラ醤油を作ります。作るといっても、ニラをきざんで広口瓶に入れ、ひたひたになるぐらいの醤油と、香りづけの胡麻油を入れるだけ。これは夏を迎える準備でして、ニラのない季節にギョウザを作ったり、ニンニクを加えてバーベキューのソースにしたり、冷や奴に使ったり・・・。1束分作っておくと重宝します。

大根も目先を変えてスナック感覚で食べてみませんか。大根餅。大根を薄く輪切りにしてから細切りにして、塩でしんなりさせておきます。小麦粉:1、片栗粉:1、水:1の割合で糊を作り、水気をよくしぼった大根を加えます。フライパンに油を敷いて、少しずつ落として焼くだけ。醤油を垂らして食べますが、ほんとうにお餅みたい。小腹がすいたときにお薦めです。

食生活が豊かになるほど野菜の摂取量が少なくなるというのも、妙な話ですが現実です。せめてわたしたちだけでも青ものをたくさん食べて、それに意義をとなえたいものですね。


※Bセットには海老原さんのタケノコが入ります。添付のヌカとトウガラシを入れて、タケノコに竹櫛がすっと通るぐらいまで茹で、そのまま冷まします。後はきれいな水に取って、煮物や和え物に・・・。

去年はタケノコが不作でしたが、今年は例年より早く、量もたっぷりありそうです。来週には全セットに入りますから、大きい鍋を用意しておいてくださいね。