蝉時雨

2008年8月第2週

今週の野菜セット

左から

今年は蝉の羽音が聞かれない、と案じていましたが、ここへ来てにぎやかになってきました。大発生した去年にくらべたら控えめですが、盛夏の音響効果としては十分でしょう。

日中の暑い盛りにアブラゼミの音など聞くと、体感温度がぐーんと上がります。逆に夕刻、ヒグラシがいっせいに羽根を震わせはじめると、昼間の暑さが残っているにもかかわらず、なんとなく涼しくなったような気がするから不思議です。そして日が落ちてオケラなど、地虫の音が聞こえてくると、また暑さがぶりかえしてくるんですね。夕刻、吹いていた風も、それに合わせたようにぴたりと止んでしまうからでしょうか。

このあたりでオケラの声が聞かれるようになったのは、ここ十年ぐらいのことです。それまではオケラの駆除などといっても、このあたりの農家にはピンと来ず、オケラってどんな虫?と聞かれたことがあるぐらい。まだ農作物を荒らすほど数は多くないようですが、地面がジーッと鳴っているのを聞くと、おまえたちもとうとうここまで北上してきたか、と闇を睨みつけたくなってきます。

お盆を境に秋風が立つようになり、過ごしやすくなっていたのも昔の話。今年は残暑も厳しいといいますから、当分は蝉時雨が続きそうです。

蝉時雨といえば、明け方のヒグラシの羽音には、ちょっとこの世のものとは思えない響きがあります。明け方といってもまだ暗く、もうすぐ空が白みはじめるといった時間帯。今なら四時半ぐらいです。音量は夕刻と変わりがないんでしょうが、あたりが寝静まっているせいか、大迫力のカナカナカナ・・・となって押し寄せてくるのです。その音に包みこまれると、自分がこの世にいるのか、あの世に踏み込んでしまったのか、一瞬わからなくなるぐらい。

ちょうどその時間帯に眠りが浅くなるのか、よくそういう経験をするのですが、夕刻だけでなく、明け方にも「逢魔が時」というのがあるんじゃないか。その二回の「逢魔が時」にヒグラシが関わっているのだとしたら、やっぱりこれはただの蝉じゃない、という気がしたりして・・・。

寝ぼけてるだけじゃないか、といわれるかもしれませんが、蝉というのは音が聞こえても、姿はなかなか見えないものです。ヒグラシは小型の蝉なので、ますます人目につきにくい。だから音だけの存在になって、蝉時雨から蝉が抜け落ちて、なにやら不可解なものになってしまうのです。あの音が昼間の蝉のように耳障りなら、そんな気にもならないんでしょうけどね。

子供ころの経験も後を引いているのかもしれません。関西育ちのわたしにとって、避暑といえば六甲山だったのですが、母の友人が大きなお寺に嫁いでいたこともあって、高野山にもよく行きました。大きくなってくると、受験勉強などと称してひとりで出かけ、お寺の離れに間借りなどしたものです。

当然、受験勉強などするわけがありません。持ちこんでいるのは、ふだん読むにはちょっと重たいドストエフスキーなどでしたから、読書に飽きると散歩三昧。今思えば、優雅な暮らしをしていたものです。

高野山には観光客もたくさんいます。そんな人たちに紛れて、奥の院に通じる広大な墓地を歩いていたときのこと。夕刻でもないのに、急にヒグラシの羽音がしてきました。それがしだいに音量を増してきます。ふと不安になってあたりを見まわすと、今まであんなにたくさんいた人たちがかき消されたように

静まりかえっていたのです。

広大な墓地にたったひとり。大音量のカナカナカナ・・・。これはもう、別世界に紛れこんでしまったと思うしかありません。あるいは次元の隙間を通り抜けてしまったのか。これはいったい何時代の高野山なんだろう、などと努めて冷静に考えようとしても、足が地に着かないぐらい怖くてたまらない。ついに駆け出すと同時に、すさまじい雷鳴とともに大粒の雨が落ちてきたのでした。

散策していた人たちは、ヒグラシの音を聞いて夕立を予測。早々に立ち去っていたんですね。そんなことも知らず、もたもたしていた者だけがずぶ濡れになったのですが、地面を震わすような雷鳴も、大雨もぼんやりとした記憶しかなく、ただ蝉時雨と、あのときの恐怖感だけが鮮明に残っています。そんなことが蘇るのでしょうか。

でも、ヒグラシの羽音はきらいではありません。これがきらいという人はいませんし、夕刻や日中はこれが聞こえてくるとほっとするぐらい。殺人的な暑さにくらべたら、あの世だろうが「魔」だろうが、それほど怖いものではないのかもしれませんね。

今週の野菜とレシピ

枝豆が再登場します。おやつに、冷たいビールにと出番の多い枝豆ですが、食欲のないときには枝豆ご飯というのもいいものです。豆をサヤから出すのがめんどうかもしれませんが、炊きたてのご飯に湯がいた豆と、梅干しの果肉を包丁で叩いて混ぜます。梅干しの代わりに赤ジソのゆかりを入れても・・・。飯台に広げて荒熱を取っていただきますが、枝豆の緑がきれいな上、梅干しの酸味が食欲をそそり、夏の疲れを癒してくれます。

日光とうがらしは辛みがまろやかなので、このあたりでは味噌といっしょに青ジソで巻き、油炒めしたものが名物で、土産物にもなっています。食欲不振にはこれがいちばん。でも、土産物のようにきれいに作るのはたいへんなので、わが家ではとうがらしを細かくきざんで、たっぷりの青ジソといっしょに油で炒め、味噌をからめて食べています。

茄子を薄切りにして、きざんだ青とうがらし、ニンニクといっしょにオリーブ油で炒め、パスタにからめてもおいしいですよ。このときも青ジソがすこし入ると香りがぐっとよくなります。ミートソースやカレーに入れても美味。

モロヘイアがやっとメニューに入りました。辛みに負けないぐらい、このぬるぬるも食欲増進剤になりますから、さっと湯がいてから包丁で叩き、夏とろろご飯というのはどうでしょう。

お盆ですから、人が集まる機会も増えてきます。庭先でバーベキューというケースも多くなりそうですが、そんなとき、ピーマンを丸ごと焼いてみてください。わが家のバーベキューでも、これがいちばん人気がありました。焼きすぎないのがコツですからね。

ゴーヤは薄くスライスして、軽く塩をあててから甘酢に漬けて冷蔵庫に入れておくと便利です。ちょっとさっぱりしたものがほしいとき、パスタやカレーに添えても喜ばれます。軽く塩もみするので、苦みに弱い人でも大丈夫。ワカメや玉葱のスライスを混ぜてもおいしいですよ。

来週はぼっちゃんカボチャが入りますが、これまでと畑が変わったのでホクホクの仕上がりになっています。お楽しみに・・・。