新型インフルエンザ

2009年10月第1週

今週の野菜セット

左から

日中の日射しはまるで夏のよう。夕刻には肌寒くなってきますが、この残暑の日射しに植物たちはほっとしているみたいです。今年は夏らしい夏がなかったので、この陽気に救われているのかもしれません。

日が射してくれるのはうれしいけど、そろそろここらでひと雨ほしいとも思っているはず。稲刈りが遅れているので、晴天続きは好都合でもあるのですが、雨がないので冬野菜の生育が遅れています。種を蒔いても発芽しない。散水したところで、雨の威力にはかないませんからね。今週あたり、降ってくれるといいんですけど・・・。

空気の乾燥はインフルエンザのウィルスにとっても好都合です。このあたりでは聞きませんが、人口密度の高いところでは学級閉鎖の話もちらほら。運動会、学芸会といった秋の行事が中止になるところもあるそうです。

そこでワクチンに期待が寄せられることになるのですが、ワクチン接種に優先順位があるというのも変ですし、だいたいワクチンという存在自体に問題がありそうです。風邪のウィルスがここまで強力になってきたのは、新種が登場するたびにワクチンが作られてきたからで、それがまた別種のインフルエンザを作り出しているという側面があるからです。農薬と虫のいたちごっこみたいなことが、ここでも起こっているのです。

そもそも、なぜそんなウィルスが誕生するのか。そして医療の進歩に歩調を合わせるように難病が生まれてくるのと同様、ウィルスがどんどん進化してゆくのはなぜなのか。石が飛んでくるか、腐った卵が飛んでくるかわかりませんが、それを覚悟でいいますと、淘汰のためにほかならないのではないでしょうか。自然界には不都合なものを淘汰するという掟があり、集団にそぐわない個体は容赦なく抹殺されてきました。それに抵抗しているのは人類と、人類の家畜やペットになっている一部の動物たちだけです。いや、人類もまたその一部というべきかもしれません。

家族のだれかが病気で死にそうになれば、なにがなんでも助けたいと思うのが人情です。高価な薬も医療も厭わないし、他者の臓器を使ってでも生き延びさせたい、と思うかもしれません。でも、そんなことができるのは地球上のごく一部。豊かさな国の住人だけなんです。

日本の小学生がひとりでもインフルエンザで死ねばニュースになりますが、世界中で毎日一万六千人以上の子供が餓死し、それを上回る数の子供たちが感染症で死んでいることはニュースにもなりません。たまたま先進国に生まれ合わせた人間の命だけが尊いもので、なにがなんでも守らねばならないというのも変じゃない?

インフルエンザが手替え品替え襲ってくるのは、じつはその人たちを淘汰するためではないのか。そして、わたしたちが無駄な抵抗を止め、それを受け入れないかぎり、さらに毒性の高いウィルスを誕生させることになるんじゃないか。やがては一部の先進国のエゴが、人類を滅亡に至らせるような怪物ウィルスを生み出してしまうのではないだろうか・・・。そんなことをワクチンの話を耳にするたび、思うのです。目の前にある命もたいせつかもしれませんが、未来の人類もまた守られるべきだと思うからです。

こういう感染症が出てくるたびに思い出すことがあります。それは益子GEFの農家が有機農業をはじめるときに受けた洗礼。虫による浄化の話です。

好子さんは益子GEF劇場の看板女優みたいな存在ですが、その彼女が二十年前に有機農業をはじめたころは、なにを作ってもうまく行かなくて自信喪失。いつも暗い顔をしていたものです。そしてある日、おそろしい数のヨトウムシが畑の作物を食べつくしてしまうという事態に遭遇。なかばヤケになっていた彼女は、このままみんな食われてしまえ、と思ったそうです。もう手を引くつもりだったので、ヨトウムシに畑の後始末をさせているぐらいの感じです。

数日後、畑に入るのも憚られるぐらいだったヨトウムシが、今度はぞろぞろと出て行きはじめました。作物を食いつくして、今度はだれの畑に行くんだろうと見ていたら、みんな用水路の中に落ちてゆく。まるでレミングの集団自殺のような光景だったといいます。

あとは気楽なもんで、自家用野菜をダメもとで栽培すればいいや、ぐらいに思っていたのが、まったく虫にも食われず、立派な野菜ができはじめたのです。さらに翌年の台風で浸水したときも、ふつうなら三日も水浸しになればとろけてしまう青菜が平然としていたもんだから、好子パワーが炸裂。以来、わたしたちに野菜を提供し続け、ついには主力農家にまで成長したというわけです。

ヨトウムシの洗礼を受けたのは彼女だけではありません。有機農家はみんなといっていいぐらい、おなじようなことを経験しています。そしてみんな口をそろえて、あのとき農薬なんか使っていたら、うちの畑は永遠に汚れたまま。薬なしではなにも作れなくなっていた、といいます。そしてみんな、命がけで畑を浄化してくれたヨトウムシに感謝しているんです。

たしかに目の前にある野菜は消えてゆきました。しかし、そのあとから栽培される野菜がそれによって救われたのです。自然の手になる浄化とはそういうものです。一見、過酷に見えて、じつは生命を守っているわけで、生命を守っているかに見えて、じつは自殺行為というわたしたちのやり方とは正反対。どちらが理にかなっているかはいうまでもありませんが、犠牲になった青菜を人間に置き換えるとなると、やっぱり抵抗があるのかもしれませんね。

今週の野菜とレシピ

青ものが充実してきました。今週は小松菜京菜、それに間引き大根が入ります。

小松菜はスープか味噌汁で・・・。

京菜

京菜は生食がおすすめです。ちりめんじゃこを胡麻油で炒め、ざくざく切った京菜にのせ、煎り胡麻をかけるだけ。ドレッシングを作らなくても醤油でOK。ご飯のおかずになるサラダです。

間引き大根

間引き大根は小さな大根と葉に分け、どちらもさっと湯がいてから細かくきざみます。ここでもちりめんじゃこと胡麻が登場。フライパンでちりめんじゃこを油炒めして、大根部分を加えて炒め、最後に水気をよく切った葉っぱも入れて炒めたら醤油とオイスターソース少々で調味。オイスターソースを加えたほうがおいしくなるからです。仕上がりに煎り胡麻をたっぷり加えて完成。新米にこれをのせるとおいしいですよ。

今週はじゃが芋が入る予定でしたが、よく考えたら今週末は十五夜。それで先週に引きつづき里芋を使わせていただきました。里芋の煮っ転がしと舞茸ご飯。お月さまも喜んでくれると思います。

舞茸ごはん

おいしい舞茸ごはんを作るコツは、舞茸の下ごしらえにかかっています。舞茸は石づきの部分を除いて細かく裂き、ザルに広げて数時間でいいですから風干ししてください。それを袋に入れて冷凍します。これも数時間でOK。キノコ類は干すと味が濃厚に、霜にあたると香りが濃厚になるからです。それを油炒めして炊きたてご飯に混ぜてください。1パックあたり2~3合のご飯が目安です。

舞茸のパスタ

舞茸をオリーブ油で炒め、パスタにからめても美味。塩、胡椒、醤油少々で調味して、パスタと和えてからすだちを絞りかけていただきます。舞茸のてんぷらもおいしいのですが、量が限られているため、あれもこれもというわけにはゆかないのが残念。どれかお好みの方法を選んでくださいね。

新米

お待たせしていた益子GEFの新米が入荷しています。