啓蟄という名の目覚まし時計

2011年3月第2週

今週の野菜セット

左から

三寒四温というよりも、一歩進んで二歩下がる。そんなまどろっこしい感じですが、春は近づいているようです。

しかし、春の女神というのはかなり気まぐれ。それにかなりの悪女みたいですよ。思わせぶりな吐息で人の心を翻弄したかと思うと、一変して嵐になったり、ときには雪まで降らせてしまう。そんな悪女でも、いや、悪女だからこそなのかもしれませんが、わたしたちは恋い焦がれてしまうんですね。

とびきりの美人なんて期待しない。十人並みでいいから、性格のいい女神さまがいいんですけど、そんな虫のいい注文は聞いてもらえないんでしょうね。。

地中にも女神さまの声が届いているとみえ、いろんなものが動きはじめています。いちばんわかりやすいのはモグラで、山の中のみならず、庭先にも畑の中にもこんもりと盛り土がしてあります。繁殖期に備えてトンネルを延長中。子供部屋でも新築しているんでしょうか。

それに反応して犬が地面を掘りまくるものだから、庭のあちこちに溝ができ、部屋とおぼしきところには大穴が開いています。こんなところにもモグラが進出していたのか、とびっくりしますけどね。モグラはたまらないと思います。

モグラが動きはじめると、上空を舞うトンビも増えてきます。トンビの精密機械のような眼は、盛り土がすこしでも動けば上空からそれを察知。砂がぱらぱらと崩れただけでも急降下してきて、盛り土の真下にいるモグラをキャッチします。一度だけ現場を見たことがありますが、それはもう迫力満点。地上で見るトンビの大きさに圧倒されます。

そのトンビの中に、ちゃんとピーヨも混じっていました。啼きかたがピーヒョロヒョロヒョロでなく、ピーヨピーヨなのでわかるのですが、これで彼も三度目の春を迎えたことになります。この声を聞くと春であろうとなかろうと、まるで恋人からのラブコールのように、オバサンは舞い上がってしまいます。今年もピーヨが無事に繁殖できますように・・・。

地中で眠っていたカエルも、啓蟄を過ぎるとしだいに移動して、地表近くまで出てきます。だからこれからの草むしりには鎌は禁物。下手をするとカエルをざっくり切ってしまいかねませんからね。真冬の分厚い布団から這い出して、肌がけ布団のようなところにいるわけです。

モグラの住居を冬眠用に使うヘビは、マムシもシマヘビもヤマカガシもみんないっしょにひとかたまりのボールのようになっていますが、これも啓蟄を境にゆるゆるとボールがほぐれ、すこしずつトンネルのほうに押し出されてきます。

しかし、カエルもヘビも気温の変化に応じて動いているわけではありません。啓蟄を過ぎても地上はまだ冬の寒さですから、動きたくても動けない。目覚まし時計のような低周波が地底から響いてきて、それがだんだん強くなるので、いやいや押し出されている恰好になるんです。わたしたちならアラームをオフにするという手もありますが、それはできない。地球が用意した時限爆弾のような時計なのですからね。

そんなわけですこしずつ音源から遠ざかりながら、眠りをむさぼっているというわけです。その気持ち、ものすごくよくわかりますが、かれらはわたしたちのように惰眠をむさぼっているわけじゃなく、気温が上がってくれないことには動くこともままならないのです。そんな眠りを妨げないよう、春先の農作業には慎重さが求められますが、そうはいってられない農家もいます。

そんな農家のトラクターの後を、カラスがついて歩いている。掘り出されたカエルを啄むためですが、大名行列みたいにカラスをぞろぞろと従えたトラクターというのも、この時期ならではの光景かもしれません。わたしたちの目には見えない微生物たちも、これから活発に動き出すんでしょうね。

春の訪れとともに毎年咲く花も、もしかしたら地中の微生物がいっせいに動き出すので、くすぐったくてじっとしていられなくなるんじゃないか。そんな風に思えないこともありませんよね。

今週の野菜とレシピ

今週はひさびさに海老原京子さんの切り干し大根が入りました。京子さんはアラレちゃんのお姉さん。今年の厳寒で青山さんの大根の首の部分が霜にやられてしまいましたが、首から下はきれいな大根。捨てるのはもったいないので京子さんに協力をお願いしたしだいです。

切り干し大根はぬるま湯でもどしてから、にんじん、油揚げといっしょに鰹出しで煮てください。炒めてから煮るよりも、やわらかく煮てから最後に胡麻油少々で香りづけしたほうがおいしく仕上がります。

春が近づいてくると、なぜか和え物が食べたくなります。青菜をいろんなもので和えてみたくなる。胡麻和え、クルミ和え、ピーナッツ和えなどなど・・・。ちょっと手はかかるけど、ほうれん草を豆腐と練り胡麻で和えた白和え。春菊の胡麻和えには酢を少々落とすとおいしさがアップ。あぶら菜は芥子醤油和えにして、マヨネーズを少量添えると子供の受けがよくなります。

小松菜のスープに椎茸を加えるといい出しが出て、塩だけでおいしく食べられますよ。青菜の中の「春近し」という情報をしっかり体内に送りこんでおくと、いきなり気温が上がっても、わたしたちの身体はじたばたせず、冷静に対処できます。旬を食べるというのは、旬の情報を食べることでもあったんですね。ガセネタではなく、正しい情報が必要なのは頭だけではなかったようです。