春の異変

2015年3月第4週

今週の野菜セット

左から

先週は春の陽気にさそわれて、いろんなものが顔を出しました。水仙は花盛り。ついこの間まで地面に張りついてかじかんでいたタンポポも、花芽を高々と持ち上げて咲き誇っています。

初物のツクシを摘んでいると、足元では早くもアリが動きまわっていました。仕事始めというよりも、ひさびさの戸外の空気に浮かれている感じです。数ヶ月ぶりに太陽の光に触れる気分って、どんなでしょうか。きっと舞い上がりそうな気分なんでしょうね。

でも、今週は冬に逆もどり。先週とは打って変わって寒くなるそうですから、アリたちは地中に退却。タンポポも花を閉じて、謹慎中みたいにしゅんとなるでしょう。わたしたちもふたたびコートのお世話になるのかもね。

春先は気温の変動がはげしいからでしょうか。体調を崩す方が多いようです。亡くなる人も多く、この半月ほどの間に近所で三件も葬式がありました。高齢者といってもわたしとそれほど年の差もなく、ついこの間まで畑に出て、わたしが通りかかるとあれやこれや、荷物を増やしてくれた人たちです。真夏のカボチャ、真冬の大根・白菜には閉口したものですが、今となってはあの重みがありがたく、なつかしい。

お二人とも、寝つくこともなく、ひとりは浴槽の中、もうひとりは炬燵の中で眠るように亡くなっていたといいますから、家人にとっても当の本人にとっても理想的な亡くなり方です。わたしなどもそろそろ肉体という、愛着はあるけれども重たい着物をどう脱ぎ捨てるか、考えてもいい時期だと思ってはいましたが、こう立て続けに同世代に逝かれると、なんだかなあという気分。

そんな気分でいるときに、山仲間のひとり、Yさんが旭岳で滑落死したというではありませんか。福島との県境にある旭岳は、強風の吹き荒れる手強い山として有名で、とくに春先は雪庇を踏んで滑落する事故が多いといいます。日本中、ほとんどの山を制覇してきたYさんですが、どういうわけか旭岳だけは登ったことがなかったそうです。いつもはリーダーとして仲間をともなって山に入るのに、今回は単独でしたから、もしかしたら下調べのつもりだったのかもしれません。

Yさんは若いころから仕事の合間を見ては益子近辺の山に巡り、荒廃していた雨巻山と周辺の山々を整備。戦後何十年も、浅間さまにも山犬さまの祠にもお参りする人が消えて山が荒廃し、代わりに入山するようになったのが山野草を採集する業者たちで、貴重な山野草とともにカタクリの群生なども姿を消しかけていたところに、彼が通いはじめたんだそうです。

毎日のように仕事前の早朝、ひとりでロープや杭を担いで山道を整備するかたわら、山野草の保護にも努め、立ち入り禁止地区を作る一方、海抜六百メートルほどのこんな山でも、山菜を採りに入って遭難する人がいるところから道しるべも完備。そうこうするうちに賛同者が現れ、協力者もしだいに増えて、雨巻山も出世して栃木の百名山に名を連ねるようになったのでした。

それに登山ブームも加わって、かつては年間に百人ぐらいしかいなかった入山者が、最近では週末ごとに百人を超えるようになり、今度は登山者対策のほうが忙しくなっていたみたいです。山仲間なんて偉そうなことをいいましたが、そんなYさんから見たら、最近になって加わったわたしなんか、仲間のうちにも入らないみそっかすみたいなものだったでしょうね。

みそっかすの分際にもかかわらず、図々しく葬儀に参加させていただきましたが、あれだけのことをやり遂げたYさんですから、参列者が葬儀場に入りきりません。女性ファンも多かったとみえ、目頭を押さえている姿もたくさん見受けられましたが、焼香のために祭壇ちかくまで行ったとき、直感でYさんはここにはいないと思いました。わたしは霊感があるわけではないので、ほんとうのところはわかりませんが、こんなにスウスウしたというか、なんか空疎な感じのする葬式ははじめてだと思ったのです。

Yさんずるい、と思いました。たぶん滑落した直後、ああびっくりした、なんていいながら起き上がると、なんだかめちゃくちゃ身体が軽い。ひょひょいのひょいと旭岳の山頂まで達し、まだまだ体力が有り余っているので茶臼岳のほうにも足を伸ばしたにちがいありません。起き上がったときに自分の首の骨が折れたのを見ているので、死んだのはわかっているはずで、益子に帰らなくちゃいけないのもわかっているのに、御嶽山の頂上あたりがどうなっているのか、気になるほうに身体というか、意識のほうが行ってしまう。

そんなわけでYさんはまだまだ歩きまわっていて、もしかしたらもう日本なんか飛び出しているのかもしれないと思いました。いいなあ、暑さ寒さも関係なくなったから、去年日本アルプスで凍傷になった左の手指ももう痛まない。空気がいくら希薄になっても苦しくないし、水も食糧も担ぐ必要がない。アルピニストとして理想の条件を備えたわけです。Yさんいいなあ、死ぬのもいいなあ、と思いながら帰ってきたのでした。

今週の野菜とレシピ

今週は青山さんの奥さんの切り干し大根が入ります。

ひと袋に入っているのが小ぶりの大根一本分ですから、これだけの切り干し大根を作るには、山のような大根を毎晩、ひたすら刻み続けなければなりません。青山さんはその間ずっと、奥さんのここがだるい、そこが痛いというのにつきあわされ、干すのは面倒だからあんたがやって、と最後にはいわれ、日照に合わせて広げたりひっこめたり・・・。もう二度とやりたくありません、といわれてしまいました。来年になったら忘れてるといいんですけど・・・。

ともあれ、青山夫妻の努力の結晶なので粗末には扱わないこと。水かぬるま湯を張ったボウルで1~2時間。やわらかくもどしてからお使いください。切り干し大根を水に浸けるのと同時に、煮干しか鰹節も水に浸けておいて、大根をザルに上げると同時にゆっくり加熱しはじめましょう。時間をかけて水から取った出汁は濃厚で、香りもいいのです。いっしょに煮るのは油揚げか薩摩揚げ。煮干しの出汁には油揚げ、鰹出汁には薩摩揚げが合うとわたしは勝手に思っていますが、どちらでもいいのかもしれません。お好みでにんじんも短冊に切って加え、味醂と醤油でじっくり煮てください。煮汁がすくなくなってきたら完成ですが、そのまま冷めるまで放置。できたての熱々より、冷めてからののほうが味が染みておいしくなります。

にんじんはこれが最終便。畑に残っているのをかき集めたので、小さい上に不揃いですが、しばらく姿を消すことになりますからたいせつにしてやってください。来週は愛媛から新玉が届く予定です。